止まった時間と流れる時間

夫を亡くした30代妻のつぶやき。

もがいてきた事も、肯定出来る事。

そう思えました。

そして、もがいたな〜と思います、ホント色々と。

でも、それが自然な事なんだって。

人間として当たり前の事、当然の感情。

只今勉強中の介護の教科書を読みながら、そう思いました。


そこには、障害の心理的反応の段階が書いてありました。

自分が倒れて、次に目を覚ますとベッドの上。

あろう事か半身麻痺だったとします…の様な例えで

書かれたとしても、あの日からの自分と重ねて

感情的な所では理解出来る様に感じる内容でした。

実際にそうなってしまった方の苦しみとイコールとは

経験もしてませんし、とても言えるものではありません。

気持ちの流れとしては、この経験からも頷けるものでした。

私的には、スゴく。


①最初に、それまでと違う身体状況や

喪失状況に気付き、大きな衝撃を受けます。

動転しながらも信じ難く、

感覚が麻痺している状態に陥ります。


②次に、否認が起こります。

今の状況は一時的で、治療で元に戻るだろう、と。

思い込みたいが故に無意識に障害を無視したり、

朝目覚めると元に戻ってるんじゃないかと

思ってみたり、自助努力に消極的で

依存的になりやすい時期、と書かれています。


③その次に起こるのが、混乱。

回復の兆しも目覚ましく見られなくなった時、

段々と機能低下の現実を目の当たりにして、

今までに封じていた怒りや恨み、悲嘆、絶望、

強い情動が生じる時期。

周りの人に繰り返しぶつける事もあったり、

支えて欲しい気持ちと放っておいて欲しい気持ちが

混在する時期です。


④次に、解決への努力。

自分で立ち直るしかないと悟り、前向きで

建設的な努力がなされる様になる時期とあります。

それはそこまで言い切れなくても、

私的には生きていく為の方法を求める状態に

あたるんじゃないかな、と思います。


⑤最後に、受容。

障害を持ちながらも家庭や社会の中での役割を得て、

生きがいを取り戻す…とあります。


今の私からしたら、受容ってなぁ…

パッと思う事は、そう割り切れる日が来るの?と。

生きがいを取り戻すなんてどうやってか、

それに相当するだけの事はまだまだ見つかる気がしませんが…

きっとそれが訪れたとしても、

割り切りの気持ちではないんでしょうね。

ショックから混乱に至るまでは、自分と重ねて

自分の経験の中でどの事か、ありありと分かります。

混乱の時期、(どの時期も苦しいながら)

感情の起伏が激しくて、感情が先立って冷静さを

見失いました。

今のままでは土台が不安定過ぎて、でもこれではいけない。

どうしたらいいのか?何が正解??自信をなくす悪循環。

混乱真っ只中の時期は過ぎましたが、

自分なりにですが、その気持ちの流れが理解出来る…から

やっぱりそういう思いを経験した分、

同じくそんな感情の中にいて辛い思いをされている方々、

介護の勉強が生かされる場では施設の利用者さんになりますが、

何も知らないよりは微力にでもなれる…なら、なりたいです。

旦那の死は今迄の人生で最大の辛い事でしたが、

私の家族や心ある友人が所々で気持ちを救ってくれた様に。

それは自分がどうありたいか、な話であり

んじゃ、頑張れば?…なだけな話になってますが、

言いたいのはコレじゃなくって。。。


自分自身辿った苦しい時間が人として自然の感情という事、

もがいたけど、毎日がドン底で真っ暗だったけど…

その中で何かを見つけたくて色々と考えた事、

考えた所で何一つ見つからなくても、支離滅裂な時も、

もう廃人だよな…生きる意味って何?とも思ったけど、

それでも何も間違いではないよ、と言いたいです。

道を踏み外した?

確かによくあるケースでもないし、

周りを見ると自分は完全に別の所にいる。

それもその通りだと思います。

だけど…踏み外してなんかない。

泥沼にはまり込んだ様に思っていたけど、

それにその時はこんな心の動きなんて知らなかったけど、

色んな事を見失いながらでも踏み出そうと、

支離滅裂であれ一応はちゃんと辿ってたんだな…って。

こんな風にだけど、とてもまともではない様でも、

教科書を読んでいたら、仕方のない当然の感情なら

これも辿るだろう真っ当な道を来たんだな、と自己肯定出来た。

それと同時に思ったのが、

今の自分はどの段階にいてるんだろうか?って。

自分と照らし合わせて読んでくださった方も

いらっしゃると思います。

旦那への思いは別にして、

あの時の真っ暗闇が同じまま、これから先もずっと続くのは

生きる手段ではないな、と思いました。

自分の人生終わったとも思ったけど、

子供達の人生まで道連れに出来る訳がなく、

暫くは自分の悲嘆ばかりで本当に廃人でしたが…

この子達と生きていける幸せはあります。

そう思えたのも今だからこそで、

旦那が亡くなった時にはそんな事を微塵も考えられず、

一番には子供達に対しての、親としての責任の重さでした。


で、今何が出来た?大きく変わった?

そこまで何がと言える事がなかったにしても、

その先をどうにかならないものかと探してる…

それが精一杯なら、それだけで充分。何も外れてない。


比較的最近までは、じゃあその先に何がある?

ないと何処に向かえばいいの?って

自分を更に追い詰める方向に、自然と考えてました。

今すぐに見える何かがないと、

目処も立たないこの先に耐えられない気持ちでした。


そんな事すら考えられない段階だと思う人だって、同じ。

旦那の事だけを四六時中考えて、当たり前にいたのに

どうしていないのか…と思いながら過ごした時も、

電車の中で、あの人達の人生にこんな事はあるのかと

見知らぬ人達を見て思った事ですら。

その時は現実に向き合ってないと思うけど、

そういう方法で、受け入れられない自分なりに

精一杯の向き合い方だったのかな、とも思います。

その思いで今過ごされている方には、自己肯定、

とても受け入れ難い言葉だと思います。

それも当然の感情だと、

その時の私の気持ちを振り返って思います。


それぞれの気持ちの段階、思い、環境の中で

それぞれこの先の壁があるにしても、

気持ち的にはほんの少しずつでも

今は立ち止まるしかないとしても、ちゃんと辿ってるよって…


出来ない、こうなってしまう…のは

そうなるだけの事が起こったのだから、当然で仕方のない事。

それだけじゃない、こうなった後の気持ちの受け皿が

少しでもあるかという事もだけど…

一人で生きてる訳じゃないから、必要としてる。

弱り果てて無気力さに苦しんでる中でも、

「それでいいねんで。」充分頑張ってる。

プラスの答えが今出せないから頑張ってない訳じゃない。

今それ以上は容量オーバーな所までやっているのを

「頑張れない」「駄目だ」と何も出来ていない様に感じる、

そう思えてしまうだけな所も少なからずあると思う。

今の私はそうではないけど、笑う気持ちのゆとりもなく

抱えきれない程のギリギリの所で四六時中過ごしている時は、

「頑張れ」って他人事の様な応援が嫌悪感でしかなかった。

そんな事言われなくても、あと一つの何かで

壊れるかも知れないギリギリの所で頑張ってる。


思い悩む事は、本当に辛い向き合い方ではあるけど。

どうか、この中で壊れる事だけはない様に…

自分にも勿論、他の方に向けても。

つたない文章こそ支離滅裂ですが。。。

「こんな私…」かも知れない自分を自己肯定出来る事、

中々それに気付けないかも知れませんが…

今迄の私は本当にそれでいいと思えなかったから。

辛い状況の中でも手探りで、知らず知らずの所でも

それぞれの環境で精一杯頑張ってるんじゃないかな。

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